園子温監督作品「リアル鬼ごっこ」は、あらゆるレビューサイトで散々に酷評されている。
Amazonビデオのレビューの場合、「2015年によくこんなもん出せたな」「世界最高におもしろくない」「信じられないくらいクソな作品」「クソ映画と呼ぶとクソ映画に失礼なくらいつまらない」といった具合に罵詈雑言が並ぶ。
しかし先日、彼の著作「非道に生きる」を読んだ私は、かなり楽しめた。どのような背景でこの映画が作られたのか、監督の思惑を想像しながら観賞すると、笑えるシーンがあちらこちらにあるのだ。
今日は、園子温監督とは何者なのか、「非道に生きる」には何が記されていたのか、「リアル鬼ごっこ」のどこが楽しめたのか、を書こうと思う。
園子温監督とは何者なのか
1961年愛知県生まれ。17歳で詩人デビューし、「ジーパンをはいた朔太郎」と呼ばれ注目される。ちなみに、朔太郎とは「日本近代詩の父」と称される萩原朔太郎のこと。学生時代に文芸誌に投稿した詩が評価され、編集部から新作を催促されるほどの天才だった。
1987年、「男の花道」でPFF(ぴあ・フィルム・フェスティバル)グランプリを受賞。「賞ねらい」という映画人生の中でも一番いやらしい魂胆で、傾向と対策を研究し「泣けるドラマ」にしたという。
自主配給で劇場公開した「自転車吐息」では、なりふりかまわぬ宣伝活動により、伝説的な興行を記録。通常、1回の上映で5、6人入ればいいほうだったレイトショーで、10日間で2,500人もの観客動員を実現。興行収入はすべて自分の懐に入り1,000万円以上は儲かったとのこと。
まったく売れない20年を経た後、「紀子の食卓」「愛のむきだし」「冷たい熱帯魚」など、国内外で高い評価を得る作品を続々と公開。
2012年、東日本大震災後の日本を描いた「ヒミズ」は大きな話題を呼び、第68回ヴェネチア国際映画祭で主役の二人(染谷将太、二階堂ふみ)にマルチェロ・マストロヤンニ賞をもたらした。
その後も、「希望の国」「地獄でなぜ悪い」「TOKYO TRIBE」「新宿スワン」「ラブ&ピース」「リアル鬼ごっこ」「映画 みんな! エスパーだよ」「MADLY」「ひそひそ星」「新宿スワンII」「アンチポルノ」と意欲的に作品を公開。
映画監督だけでなく、テレビドラマの演出も、小説執筆も、美術館での個展も、やっている。まさしく鬼才だ。
ちなみに言ってしまうと、「リアル鬼ごっこ」を観るまで、私が観た園子温監督映画は、「地獄でなぜ悪い」「ラブ&ピース」の2本だけ。テレビドラマ「みんなエスパーだよ!」は全部視たけど、映画は観てない。正直言うと、テーマが重そうでなかなか食指が動かなかったのだ。
しかしずっと気になっていた園子温。著作である「非道に生きる」を読み、衝撃的なエピソードの数々に度肝を抜かされた。
「非道に生きる」には何が記されていたのか
極端だから、人をひきつける。こんなの映画じゃない。『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』……性・暴力・震災など現実に切り込む衝撃作で賛否両論を巻き起こし続け、最新作『希望の国』では日本最大のタブー、原発問題に真っ向から挑んだ鬼才映画監督・園子温(その・しおん)。社会の暗部を容赦なく明るみに出す刺激の強すぎる作家が「映画のような」壮絶な人生とともに、極端を貫いて道なき道を生き抜いた先の希望を語る。
本書では、園子温のこれまでが自身によって語られている。
よく「人と違うこと」をして生きたいという声を耳にするが、彼が行う「人と違うこと」は、常軌を逸している。
小学校時代は局部を出して学校に行き通知表に「性的異常が見られます」と書かれたり、高校生で詩人デビューしたり、17歳で人妻に頼まれて夫を演じ続けたり、食うために宗教団体に入ったり、左翼団体に入ったり、大学中退後はAV監督をしたり、参加者2,000人にものぼるパフォーマンス集団をひとりで立ち上げたり、もうやってることが尋常じゃない。
そんな人が作る映画が普通なわけない。
また本書には、どうすれば自分の作品をより多くの人に観てもらえるのか、死ぬほど考え、実践する姿が記されていた。日本映画界の抱える問題点、それを園子温はどのように見据え、作品を通じて壊していこうとするのか。それらを読むとワクワクが止まらなくなる。
そんな彼が監督した「リアル鬼ごっこ」が2015年、劇場公開された。
「リアル鬼ごっこ」のどこが楽しめたのか
「リアル鬼ごっこ」は、山田悠介のホラー小説である。Wikipediaで作品の「特徴」を読むと、笑ってしまう。小説で使用された「誤った表現」が列挙されている。一部を引用する。
- 「二人が向かった先は地元で有名なスーパーに足を踏み入れた」
- 「騒々しく騒いでいる」
- 「最後の大きな大会では見事全国大会に優勝」
- 「十四年間の間」
- 「ランニング状態で足を止めた」
- 「営々と逃げ続けた」
- 「いざ、着地してみるとそこは森の様な草むらに二人は降り立っていた」
ツッコミどころ満載の小説だが、これまでに6度も映画化されている。多分、設定が見事なのだろうがここでは紹介しない。
なぜなら、園子温の「リアル鬼ごっこ」は、小説とはまったく関係ない別物だから。原作 山田悠介とあるが、使われたのはタイトルだけ。劇場で「リアル鬼ごっこ」だと思って観た人は唖然としただろう。
公式サイトでの監督のコメントを読めばわかる。
「リアル鬼ごっこ」というタイトルにインスパイアされ、前からやりたかったこと、企画が途中で中断し結実しなかった作品のプロットを2つ3つ導入し、脚本を書きました。
(公式サイト:監督のコメントより)
「リアル鬼ごっこ」を観ている時、「非道に生きる」で紹介されていたエピソードを思い出した。
ハリウッドで映画を作りたいと海を渡った園子温、大手映画会社の重役に無理矢理会って、とんでもない映画の企画(女子高生がパンチラしながらゾンビと戦う話など)を連日プレゼンしていた。MTVの副社長に「もっと企画はないのかね?」ときかれ、即興でお話を考えたという。
「ナンシーという名前の若い女の子が、小さな田舎町で、15人くらいいっぺんに死体で見つかります。」「なるほど、それで?」「それで、ですね……」
そんな感じで、次から次につくられたプロットたち。それらを組み合わせて「リアル鬼ごっこ」ができたのだろう。
本作はとにかく、女子高生、パンチラ、殺戮シーンの連続である。「風」が襲ってくるってのも笑える。どう考えてもパンチラありきだ。オチは、やりたいことやって作品として成立させるために無理矢理用意した感が否めない。
他にも、作中に出てくる数字がいちいち何かを意味(「29-49」が肉欲、「3221」が殺人)していたり、学校名や大会名(私立女子高等学校、女子マラソン大会)がとぼけていたり、つっこみどころがたくさんある。探せば、もっといろいろあるのだろう。
まとめ
冒頭で引用したAmazonレビューの批判コメントのひとつに、本作の魅力が凝縮されていると思った。
よくGOが出たなと。
Amazonのレビュー
園子温だから、本作は撮れたのだ。
ヒット作のタイトルを利用し、ハリウッドの重役に却下されたやりたかったプロットを復活させ、ニコニコ動画を活用した画期的なマーケティングを行い、無垢な女優に圧倒的な演技をさせ、海外の国際映画祭でグランプリを受賞(2015年スペイン・マラガ・ファンタスティック映画祭 最優秀作品賞)する。
やはり、園子温監督は鬼才だと思う。
というわけで、機会があったら園子温「リアル鬼ごっこ」を是非。