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『鎌倉殿の13人』あらすじ・ネタバレ・みどころ、最終回まで一気に紹介!

鎌倉殿の13人

こんにちは、「いざ、鎌倉!」が口癖になってるホビヲです

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』がびっくりするほどおもしろい。これまで不勉強だった鎌倉時代。三谷幸喜の冴わたる脚本に心震え、この先の展開が気になりすぎて「スタディサプリ」でお勉強した。

ドラマの前半は源氏が平家を倒すまでの源平合戦、後半は鎌倉幕府成立後の執権政治ドタバタが描かれる。史実からして想像を絶する展開の連続。そんなドラマのあらすじとみどころを紹介する。もちろん、壮大なネタバレとなっているのでご注意いただきたい。

それではいってみよう!

1180年 石橋山の戦いで、源頼朝が平氏軍(大庭景親)にボロ負け

以仁王もちひとおうの令旨に応え、源頼朝みなもとのよりともが伊豆で挙兵。初戦に勝利するも、続く石橋山の戦いでボロ負けして、千葉県の房総半島に逃げる。その後、清和源氏ゆかりの地である鎌倉へ。

千葉から鎌倉への移動中、仲間がどうやって増えていくのか楽しみ!

1180年 富士川の戦いで、源頼朝が平氏軍(平維盛)を破る

源頼朝討伐のため京からやってきた平氏軍。しかし、完全に腰が引けている。静岡県の富士川で、水鳥の羽ばたく音を奇襲と勘違いしまさかの逃亡。源頼朝は深追いせず鎌倉にとどまる。

水鳥の勘違いをどう描くのか、コントみたいになると期待!

平清盛たいらのきよもりは、源頼朝が京に攻めてこないのでイライラ。息子の平重衡たいらのしげひらに南都(興福寺・東大寺)焼打ちを命じる。

1181年 平清盛、熱病により亡くなる

インフルエンザにかかって平清盛が死去。その後、西日本に飢饉が起こる。巷では、寺を焼いた報いだと噂される。

1183年 倶利伽羅峠の戦いで、木曽義仲が平氏軍(平維盛)を破る

木曽義仲きそよしなかが、倶利伽羅峠の戦いくりからとうげのたたかいで平氏軍に勝利。都落ちする平氏は、都に火をつけて西に逃げる。焼け野原となった京で略奪行為をする木曽義仲軍。困った後白河法皇は源頼朝の東国支配権を認め、連携を強化。

角にたいまつをつけた牛の大軍で敵を谷底へ追い落とした義仲軍、描写が気になる!

1184年 宇治川の戦いで、源義経が木曽義仲を破る

後白河法皇から木曽義仲を討つように命じられた源頼朝。期待に応え、京に攻め入る。ただし、弟の源義経みなもとのよしつねに攻めさせる。

1184年 一ノ谷の戦いで、源義経が平氏軍(平宗盛)を破る

鵯越の逆落としひよどりごえのさかおとしで敵の背後から奇襲を仕掛けた源義経が勝利。しかし、源頼朝の許可なく後白河法皇から位をもらった源義経、調子に乗っていると怒られて謹慎を命じられる。

ありえない坂を馬で下るってどんな感じなのか気になる!

1185年 屋島の戦い・壇ノ浦の戦いで、平氏が滅亡

苦戦が続くため、源義経の謹慎を解く。復帰戦となる屋島の戦い(香川県)で平氏軍を破る。続く、壇ノ浦の戦い(山口県)、水軍での戦いで苦戦するも勝利。平氏は滅亡する。

屋島の戦いで扇を射る那須与一も、安徳天皇を抱え入水自殺する平時子も気になる!

評価が鰻上りの源義経だが、後白河天皇と近づき源頼朝は危機感を覚える。結果、暗殺を試みるも失敗。奥州平泉に逃げる源義経。

奥州に向かう源義経、道中の勧進帳はどう描かれるのか!

1189年 衣川の戦いで、藤原泰衡が源義経を自害に追いやる

奥州藤原氏、三代目の藤原秀衡ふじわらのひでひらが亡くなり、四代目、藤原泰衡ふじわらのやすひらに。源頼朝を敵にまわさぬよう匿っていた源義経と武蔵坊弁慶らを殺害。しかし、源頼朝は奥州に攻め入り、奥州藤原氏は滅亡。

武蔵坊弁慶の最期、仁王立ちはどう描かれるのかしら!

1190年 源頼朝が上洛し、右近衛大将に任ぜられるも辞退

関東支配を認めてもらうため、征夷大将軍にして!と後白河法皇にお願いのため上洛した源頼朝。しかし、右近衛大将うこのえのたいしょう(天皇の親衛隊の役職)を命ぜられる。武士ではなく貴族になってしまうのかと、鎌倉の人たちはやきもき。返事を10日保留した後、きっぱりと断る。

京に入った源頼朝を路上でこっそりチェックする後白河法皇が楽しみ!

1192年 後白河法皇が亡くなる。源頼朝が征夷大将軍になる

源頼朝は再び上洛して、後鳥羽天皇より征夷大将軍に任ぜられる。

1199年 源頼朝が亡くなる。「鎌倉殿の13人」スタート

落馬して命を落とす源頼朝。二代目将軍となる息子、源頼家は頼りなく、選ばれた御家人が合議制で政治をすることに。執権政治のはじまり。

「鎌倉殿の13人」は以下の通り。北条時政☆、北条義時、三浦義澄、和田義盛☆、梶原景時☆、比企能員☆、安達盛長、足立遠元、八田知家、中原親能、大江広元、三善康信、二階堂行政

源頼朝は落馬して命を落としたと言われるが、どう描かれるのかしら?

1200年 梶原景時が倒される

時期将軍となる頼家に近づく梶原景時かじわらかげとき(中村獅童)が倒される。一人目排斥。

1203年 比企氏の乱で源頼家が幽閉。北条時政が執権になる

源頼家に娘を嫁がせた比企能員ひきよしかず(佐藤二朗)が倒される。二人目排斥。弟の源実朝みなもとのさねあつが三代将軍となる。源頼家は修善寺に幽閉されるも後、温泉入浴中に暗殺される。

1205年 畠山重忠が倒される

人気者の畠山重忠はたけやましげただ(中川大志)が力を持ちすぎたため、北条時政の主導により倒される。三人目排斥。

1205年 北条義時が父、北条時政を追放する

初代執権となった北条時政、妻りく(宮沢りえ)に操られておかしくなる。娘婿を将軍にしようとするなど常軌を逸した行動を受け、息子の北条泰時、娘の北条政子により追放される。

親を追放する苦渋の決断。涙、涙の回になりそう

1213年 和田義盛が倒される

長く権力の座に座りすぎ、老害となった和田義盛わだよしもり(横田栄司)が倒される。四人目排斥。

1219年 源実朝が頼家の子・公暁に暗殺される

三代将軍、源実朝が後鳥羽上皇ごしらかわじょうこうと仲良しになって取り込まれる。将軍の器でなく、鎌倉幕府がだめになりそう。なら、みんなでやっちまおう。五人目排斥。

ちびっこ将軍、九条頼経の誕生。それを抱えて北条政子が尼将軍となる。

鎌倉幕府のために自分の子供・甥に手をかける心中やいかに

1221年 承久の乱で、幕府軍が後鳥羽上皇の軍を破る

清和源氏の血が途絶え、勝機ありと後鳥羽上皇が立ち上がる。鎌倉幕府ではなく、北条泰時を倒すよう命じ、3万の兵が集まる。北条政子の名演説「御恩は海よりも深く、山よりも高く」にて、19万の兵が集まる。幕府軍が後鳥羽上皇を倒し、島流しにする。

ずっと大河ドラマに出演しがっていた小池栄子、最高の名場面。楽しみすぎる!

まとめ

鎌倉時代を駆け足で紹介してきたが、正直言ってみどころが多すぎる。楽しみすぎる『鎌倉殿の13人』、みなさんもぜひ!

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