ホビヲログ

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子供がいて本当に良かった、そう思える10の理由


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出典:inmylife

正直言うと、子供が生まれたときに感動はなかった。

生まれたての赤ちゃんを見て、「わ!ちっちゃ!サル!宇宙人!」と思った。周囲の人間は「かわいい」と言ってくれるが、本心とは思えなかった。こんな小さい人を育てられるのか不安にも思った。

家に連れ帰ると、泣き続け、悪魔のように思うこともあった。家庭崩壊の危機は何度も訪れるが、試練だったのかもしれない。

赤ちゃんはやがて、ハイハイし、立ち、歩き、言葉を発し意思疎通が可能となる。かわいさのピークは、3歳前後。目に入れても痛くないとはよく言ったもので、底抜けに愛すべき存在になっている。

小学生にもなると、生意気な言動が目立ち、腹立たしいことも多くなる。しかし、子供は人間関係や学業に悩む日々。どうにか乗り越えられるよう協力はするも、結局は自身で解決する問題であり、親としても悩む日々が続く。

そんなぼくではあるが、子供がいて本当に良かった、と思える瞬間がたくさんある。今日は、10の理由をあげていこうと思う。

1.恥ずかしくない大人になろうと思える

子供が生まれる前は、赤でも横断歩道を渡っていた。ちょっと待てば青になるのに。近所の人とすれ違っても挨拶なんてしなかった。やっても3mmほどの会釈だった。人の悪口を言っていた。言わないようにしようと思ってもついつい。

子供が生まれてからは、信号無視をしなくなった。声を出して挨拶をするようになった。絶対に人の悪口を言わなくなった。自分の子供に恥ずかしくない大人になろうと思った。

そんな些細なことでw、と馬鹿らしく思う人がいるかもしれない。しかし、一事が万事そう思う。自分の下す決断や、行動に恥ずべき点はないか。それを考えながら日々を生きるようになった。

もっとも、その裏返しなのか、こんな恥ずかしいブログを書いていたりするのだが。

2.成長する喜びを味わえる

立った!歩いた!喋った!走った!飛んだ!歌った!鉄棒だ!跳び箱だ!水泳だ!楽器だ!勉強だ!テストだ!合格だ!恋愛だ!なんだ!かんだ!

子供は日々、成長する。1歳児にとって1年の長さは自分の人生そのもの100%となる。一方、50歳にとって1年の長さは自分の人生の2%にすぎない。1日の長さにおいても、大人と子供によって体感はまったく異なる。

年を取ると1日が早い。あっという間に終わってしまう。永遠に続くと思っていた人生も、あっという間に終わってしまう気がする。これから、自分は成長できるのだろうか。そんなことを思う親を尻目に、子供は圧倒的に成長していく。恐ろしいほどに。その成長がなんだか自分のことのように嬉しい。

そして、自分もまだまだ成長しなければ、と思う。(思うだけじゃダメだ)

3.教えることで、自身も学べる

子供に何かを教える過程で、自身も学ぶことが多い。

折り紙だって、危険生物だって、早く走る方法だって、泳ぎ方だって、社会だって、算数だって、国語だって、なんだって、かんだって。

個人的に衝撃だったのは、「5」の書き順。生まれてこの方ずっと、上の横棒から先に書いていた。縦棒からはじまってくるっと丸っぽく書いてから、上の横棒を書くべきところをずっと間違っていたのだ。

子供も、他の誰かに指摘されたのか、どこかのタイミングで「書き順違うよ」と指摘してきた。あの時の衝撃は忘れられない。

一生懸命、子供に間違った「5」の書き方を教えていたダメな親。どうして、いままで誰も指摘してくなかったのだろうかと、1週間くらい暗くなっていた。

自分の中で間違った認識のまま当たり前になってしまった数多くの物事。それを学び直すきっかけを得られるチャンスだと思う。

さすがに、「5」の書き順を学び直す人はレアケースだろうが。

4.「当たり前」を考え直すきっかけができる

「どうして人は死ぬの?」「どうして赤ちゃんは生まれるの?」「どうして生きているの?」

子供は、つぶらな瞳で哲学的な質問をしてくる。重いテーマを投げかけてくる。

即答は困難であり、「いい質問だね。逆に、どうしてだと思う?」と聞き返し、その間にそれっぽい答えを考える。しかし、分からない。分かるはずもない、それを知るためにこれまでも、これからも、世界中の人が考えに考えて、日々研究をしているのだから。哲学も、宗教も、医学も、文学も、その他多くの学問も、根源にはそれらの問いがあるはずなのだから。

そういう感じの話をして、「という訳で勉強して、わかったら教えてほしいわ」と無責任な回答をするダメな親なのだが。

5.子供の流行が作り出される渦中にいられる

今、子供たちの間では、なにが流行っているのかがリアルに分かる。

妖怪ウォッチかと思えば、ポケモンに回帰しているのか。プリキュアはもう卒業だが、元ファンとして、ドキドキ☆プリキュアアラモードの評価はどうなのか。いま、学校でなにが流行っているのか。リアルな市場調査ができる。

子供がいないとまったく興味を持たなかったテレビの話、ゲームの話、おもちゃの話。興味を持って、みてみるとマーケティング戦略に震える日々。

おもちゃ会社は、財布の紐を握る親の動向を見計らって新商品を投入してくる。新学期、帰省が予想される夏休み、そして血で血を洗うクリスマス商戦。おもちゃだけでなく映画も様々なキャンペーンも、信じられないほどの大規模プロジェクトが、パラレルで進行しているのが分かる。

子供の視点と親の視点、そして、おもちゃ会社の視点そのすべてを俯瞰してみると人が物を買うという行為がどのようなタイミングで発生し、態度変容していくかを堪能できる。

とかなんとか言ってマーケティング戦略の波に飲まれ、おもちゃを買いまくることになるのだが。

6.地域社会とのつながりができる

無駄なつながりは持ちたくない。しかし、必要であれば協力する。基本的には、そのスタンスだ。必要を感じなかったので、子供が出来るまではほぼ地域社会とのつながりはなかった。

しかし、子供が出来てからは違う。

子供にとって住みやすいまちづくりを実現するため、地域の見回りや、ゴミ拾いにもする。イベントにも参加し、地域に住む人々との交流を深める。

出会いがあり、一人で生きているのではないと知る。コミュニティの中で生きていくには、面倒臭がらずに、関わっていく必要性を感じる。

億劫に感じることもあるが、だからといってなにもしないで人任せであれば、それは自分もしくは、自分の子供達に返ってくる。それは本望ではない。

7.社会問題が「自分事」になる

聞くところによると、日本はもうだめらしい。下り坂でその下げ幅を必死に止めるためにどれだけ頑張れるかが勝負という。自分さえ逃げ切ればいいと思っている人も多いかもしれない。

子供を持つ親にとって、これからの日本が、世界がどうなるかは自分事だ。自分よりも大切な子供が生きていく未来。自分は見ることのない将来の話。

テーマが壮大過ぎて、自分ひとりではどうしようもないことばかりだが、その先に住む自分の子供を考えると、今ではなく将来のために何を決断するべきかと考えてしまう。

選挙では人口比率からして、若者が不利な結果になりがちという。いくら、抗っても無駄な抵抗かも知れないが、義務は果たし、自分はまっとうな決断を下していこうと思う。

8.自分の親に心から感謝したくなる

親の心子知らず、という言葉がある。

かつて聴いたときは、「そうだよなぁ」と分かった気になって頷いていたが、子供を持つと頷きの角度が半端なく深くなる。

親の気持ちを忖度して、すべてを決断するのはよろしくないが、感謝し、ありがとうと言葉をかけておけばよかったと後悔することが多々ある。

信じられないほどにたいへんな子育てをよくぞやってきたな、と褒めてあげたい。というか、褒めてほしい。

9.「斜陽」でマリアを身ごもった母親のセリフが分かる

太宰治の「斜陽」では、次のようなくだりがある。

この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治だのがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてあげますわ、女がよい子を生むためです。

ひとつの真理だと思う。

子供を持たないという主義の人もいる。人の信条も生き方もそれぞれであり、すべてが正しく、どうこう言うつもりはまったくない。また、子供が欲しくても、様々な理由で持てない人がいる。子供を失ってしまった人もいる。それは、本当に胸が痛くなる。

10.

ここまで、子供がいて本当に良かった、そう思える9つの理由をあげてきた。

10番目の理由は空白にしておきたい。たぶん、まだまだ理由は増えると思うので。

まとめ

と、ここまで書いて来たが、子供が起きて来たので朝ご飯の支度をしようと思う。